「議論形成」考

八百屋で大根を買う。買った後「うちの大根はブリ大根用なので、おでんに使うな」と店主に言われたらどう思うだろうか?

売買とは処分権の完全なる移転を意味するのであるから、店主は買った大根の処分の仕方まで口を挟むべきではない。大根自体も買い主に意見する存在ではない。自己決定権を行使したいなら、買われなければよい。そもそも店先に並べられなければよい。店主にも大根にも一旦買われた大根には意見する資格がないのに、単なるとおりすがりが口を挟むのが、この国の実態である。


株式公開会社において経営者や社員は大根 (の一部) である。これは商法や証券取引法が規定するメカニズムという名の事実である。


堀江貴文ライブドア社長によるニッポン放送買収、村上世彰M&Aコンサルティング (=村上ファンド) 代表による阪神電鉄買収と阪神タイガース上場問題、三木谷浩史楽天社長によるTBS買収。いずれもとおりすがりがうるさい。

報道で伝えられる「村上氏と阪神電鉄経営者とのトップ会談」という言葉に強烈な違和感を感じる。市井にとっては村上ファンドのトップと阪神電鉄のトップとの間の会談なのだろうが、両者はいまや株主とその被買収企業の経営者なのだから、それはどう考えてもトップ同士ではなく、資本支配による主従関係だろう。

日本ではニュースを事実ではなく感想で伝える「ワイドショー」なる独自の悪文化がはびこっている。これが世論という市井の感情を煽る。そして、この国には事実と意見と感想の境界がなくなる。

堀江貴文ニッポン放送買収を仕掛けた際に、森喜朗前首相は「『カネさえあれば何でもできる』が今までの教育の成果か」と疑問を呈したが、教育論でいうなら、当事者でも専門家でもないのに意見したがるこの国の「でしゃばり精神」や「嫉妬」こそ考え直すべき問題ではないか。事実や知識に基づく意見に対し、意見ともつかぬ感想が出てくるから、議論が形成されず感情論になる *1 のだ。M&Aに限らず、この国ではまともな議論が形成されることの方が少ない。

私は堀江貴文村上世彰も好きではないが、感情論で論点をうやむやにするこの「日本的なる空気」に対峙し、愚直に道理を説く彼らの姿勢と意欲は評価されるべきと思う。

*1:感想文作文に偏り、論理文章教育を一切行っていない義務教育課程の国語に原因がある。