対戦ゲーム


10年ほど前、同じ情報科学科の友人から将棋ソフト制作を手伝わないかと誘われた。非常に興味があったが、別のプロジェクトを手がけ始めたところであったので泣く泣く断った。彼らの制作したその将棋ソフトは、後日、コンテストで連続優勝し、人気商品 *1 となった。


私が参画した方のプロジェクトも某コンテストで優勝した。だがそれは色気のないアカデミックな分野であったため、いつしか自分でも忘れてしまうくらい地味な成果であった。学科を卒業して私の興味対象は情報科学から徐々に事業に転じ、さらに6年ほどたって今度はファイナンスに転じ、いまでは金融機関向けリスク・コンサルティングに携わる Regulatory-Advisory Consultant となった。Regulatory-Advisory Consultant とはコンサルタントクオンツであり、手がける業務のひとつに金融機関が行っているオプション・プライシング方法の評価がある。


オプション・プライシングでは、オプション評価モデルに基づき将来キャッシュフローからオプション価値を算定する。金融機関は算定したこのオプション価値に基づいてオプションを売買し、利益を得ようとする。売買するからには、反面に反対売買する取引相手がいる。取引相手が金融機関であるならば、同じようにオプション価値を算定しているであろう。お互い、利益を得ようとして合理的に行動しているはずである。にもかかわらず (独立したポジションとしての一次的な成果 *2 に限れば) 取引は一方に利益を、もう一方に損失をもたらす Win-Lose となる。Win-Lose となる原因は、それぞれのオプション評価モデルの精度である。モデルの現実を表現する精度、計算のモデルを表現する精度が精緻であるほど勝負強い。いわば金融機関はオプション評価モデルという思考ロジックで互いに勝負をしているのである。


これはまさしくコンピュータ将棋の対戦ゲームである。対戦ゲームも将棋ソフトの思考ロジックを競わせる。そして、評価関数すなわちモデルの精度が精緻であるほど勝負強い。


情報科学から転じて転じた私の興味対象は、こうしてふたたび情報科学に帰着する。

 

*1:その名を「東大将棋」という。

*2:手数料/スプレッドで稼ぐ、ポジション・ヘッジを目的とする、など二次的な成果を考慮すれば必ずしも Win-Lose ではない。